技術社会システム専攻

中村 健二 教授Nakamura Kenji

ソーシャルシステムデザイン講座 先進エネルギーシステム分野

1994年3月 長野県屋代高等学校 卒業、1998年3月 東北大学工学部電気工学科 卒業、2000年3月東北大学大学院工学研究科 電気・通信工学専攻 博士前期課程 修了、2000年4月 東北大学大学院工学研究科 電気・通信工学専攻 助手、2007年3月 博士(工学)の学位取得(東北大学)、2007年8月 東北大学大学院工学研究科 電気エネルギーシステム専攻 准教授、2016年4月 東北大学 大学院工学研究科 技術社会システム専攻 教授。

環境の世紀に、新しいエネルギーの風を興す。

記事のあらまし

記事のあらまし

  • 環境先進の地ヨーロッパで普及が進む洋上風力発電。資源小国日本でも“自前”のエネルギーとして本格導入が検討されている。中村研究室では、洋上風力発電の基幹技術である高効率送電システムの研究を担っている。
  • 中村教授が学生時代に取り組んだ電圧安定化装置は、現在、電力の安定供給の現場を支えている。こうした大学発の新しい知見や技術による価値創造、イノベーションが待望されている。
  • 工学分野の学修・研究に加えて、「技術と社会」をつなぐために必要な理論を体系的に学ぶ技術社会システム専攻。ユニークなカリキュラムによって知識・能力を磨いた修了生は、工学のフィールドを飛び越え、様々な分野で活躍している。

限りなく100%に近づけるための試行錯誤。究極の効率を誇る高圧直流送電システム。

限りなく100%に近づけるための試行錯誤。究極の効率を誇る高圧直流送電システム。

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想像してみてほしい。紺青の大海に立ち並ぶ風力発電機の典雅な姿を。優に100メートルを超える巨大なブレードが奏でる風切り音を。沿岸からはるか100キロメートル先の洋上でつくられた電力が社会や暮らしの基幹エネルギーとなる、そんな時代を。

日本は資源小国であり、エネルギーセキュリティーの観点からも多様な電源構成が望まれる。これは近年の数々の災害を通じて、我々が教訓として得たことでもある。持続可能性を有する再生可能エネルギーの中でも、ヨーロッパを中心に急速に普及しているのが「洋上風力発電」だ。陸上と比べて風況が良い、立地の制約が少ない、風車の大型化が可能といったメリットがある。安定的かつ効率的に発電ができるというわけだ。なんといっても“自前”であることの利点は大きい。広大な排他的経済水域(EEZ)を有するわが国でも導入が期待されている。

「2018年9月には世界最大の洋上風力発電所であるウォルニー・エクステンション(英国)が稼働を始めました。アイリッシュ海に建設された高さ約190メートルの風力発電機87基の合計出力は約659メガワット。これによりイギリスの家庭、約60万世帯に電力を供給することが可能といわれています(※数字は同社のホームページより)」と話してくれるのは中村健二教授だ。巨大技術である洋上風力発電は、多くの英知の複合体といえる。その中の基幹技術である送電システムの研究に取り組んでいるのが中村研究室である。

「私たちが視野に入れているのは80~100キロメートル沖で稼働する大規模な洋上風力発電です。これには最小限のロスで、電力を陸上まで運ぶ技術が不可欠ですが、距離を考えると従来の高圧交流送電ではなく、高圧直流送電(以下HVDC)が優位であると考えています。高効率なHVDCを実現するためのDC-DCコンバータ回路の設計や制御が、私たちの研究ターゲットです」。

“高効率なHVDC”と謳うが、中村研究室が目指すのは限りなく100%に近い効率を誇る究極の送電システムである。「例えば100メガワットを送電する場合、99%の効率でも1メガワットの損失が生じます。これが大きな電力を扱う難しさです。とにかく少しでも効率をアップさせる。そのためには構成するデバイスの一つひとつを吟味し洗練させていかなければなりません」。研究室の一角に鎮座する模擬実験装置でテストと評価を繰り返す日々だ。

洋上風力発電所

デンマークの首都コペンハーゲン沖にあるミドルグルンデン洋上風力発電所

独創的であれ。大学だからこそ担える研究。先端かつ先鋭の成果を、未来社会へ。

独創的であれ。大学だからこそ担える研究。先端かつ先鋭の成果を、未来社会へ。

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小さい頃から研究者になりたかったタイプではありません、と中村教授は話す。小中学生の頃は、甲子園出場を本気で目指していた野球少年だった。残念ながら夢は叶わなかったが、白球を追いながらも学びへの興味を温め続けてきた。大学で「研究」という営為に出会い、その面白さに(時には困難に)導かれて、今がある。

「学部4年生から修士課程を通じての3年間、同じテーマの研究に挑みました。師事した一ノ倉理先生(現:東北大学名誉教授)が20年以上も格闘してきた電力系統用の電圧安定化装置の高性能化が、私のミッションでした。自分のアイデアと努力で、課題を一つひとつ解決していく達成感は何物にも代えがたいと感じましたね」と中村教授。試行錯誤の先に稔る大きな成果。だから研究はやめられない。

太陽光発電や風力発電など、自然の力に依存する発電方法では電圧の変動が避けられない。“電気の質”ともいえる電圧を適正に維持するための対策が必要となるが、一部実用化されている電圧の安定化装置は、応答速度が遅い、あるいは価格が高いなどの難点があった。

当時、中村教授が取り組んだ電圧安定化装置は、電気的パラメータを可変できる独自の磁気デバイス(可変インダクタ)を用いたものであり、高速で安価、かつ信頼性が高いといった特長を持っていた。電力会社との共同研究で進められたこの装置は製品化され、現在、現場に導入されている。この研究に没頭した学生時代、大学の研究室ではなく、電力会社の研究センターに通い詰めたことも懐かしい思い出だ。

「大きな傾向として、大学での工学研究は、自由な発想を試みるダイナミックでチャレンジングな取り組みが柱となります。ゴールやロードマップが定められている企業の研究・開発とは思想や方向性を異にします。もちろんどちらの研究も重要であり、それらは両輪を成して、日本の科学技術立国を推進しています。しかし大学での研究は、先端かつ先鋭であるがゆえに、社会実装には長い時間を要することが多いのです。前述の電圧安定化装置が、研究者としての“現役中”に、製品として世に出たことは非常に幸運なことでした」と中村教授。

しかし、時代は変わる。新しい知見と技術をいち早く社会や暮らしへと取り入れ、未来社会に向けた価値を生み出すイノベーションが急務とされている。また、“技術”だけでは解決できない課題も山積している。『技術社会システム専攻』の出番だ。

中村 健二 教授

工学の枠を超えた “異色”のカリキュラムで、技術と社会を架橋する知識と能力を鍛える。

工学の枠を超えた “異色”のカリキュラムで、技術と社会を架橋する知識と能力を鍛える。

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真理を探究し、新しい事象を発見する基礎研究は、非常に尊い取り組みだ。それらの成果は、即座に役立つことはないかもしれない。しかし、科学技術のシーズ(seeds:種)として、将来、豊かな実を結ぶ可能性を持っている。片や、新しい創造により社会に革新をもたらし、持続可能な社会を実現する技術が待ち望まれる今、研究者や開発者には、これまでとは異なる視座が要求されるだろう。

「学生達と話をすると、最先端のものが社会に役立つと考える人が多いようです。確かに新規性は重要な要素ですが、“技術を社会につなげる”という観点からみると、それだけでは達成が難しいように思います。たとえば『その技術はどんな課題を解決するのか』、『市場に求められているか』といった社会的適用性の視点やマーケット感覚、また『どんな未来を私たちにもたらすのか』という次代を展望する先見力も必要となってきます」。異分野・領域との協働、共創の場では、マネジメントやコミュニケーション能力も必要とされよう。

中村教授は続ける。「本専攻では、工学の専門分野に加えて、研究開発・プロジェクト・生産・安全に関するマネジメント、リスク管理、知的財産管理、科学技術コミュニケーションなどの理論を体系的に学びます。これにより技術を社会実装していくための知識と能力を育み、技術だけでは解決が難しい課題にアプローチする方法を探っていきます。従来の工学研究科の学修の枠を超えた、異色のカリキュラムといえますね。起業に向けたベンチャー・ビジネス論や経済学も充実しています」。

工学の基礎力と研究力、加えて経済や社会に対する広範な知識を備えた修了生は、いわゆる工学系のフィールドを飛び出し、多様な分野・職種へ進出している。企業の開発部門で先導的な役割を果たし、社内ベンチャーで顕著な業績を上げているとも聞く。本専攻の学びと研究は、社会の中で新しい潮流を生み出す源泉となっている。

中村教授の座右の銘は、『思い立ったが吉日』。メールはすぐに返信する、今日できることを明日に持ち越さない、何かをしようと決意したら、すぐに取りかかる。多くのタスクを抱え東奔西走していた助手時代、巧遅よりも拙速でいこうと決めた。スピード第一、けれども一つひとつと真剣に向き合おう、精度は徐々に上がってくるはずだ――。中村教授の迅速で細やかな仕事の陰には、物語と哲学がある。

環境の世紀へ吹き渡る新しい風。洋上風力発電が日本の未来を照らす。そんな時代がきっとやってくる。

中村 健二 教授

My favorite things

『東野圭吾の本』

『東野圭吾の本』

小学校から中学、高校を通じて、野球に打ち込んできました。白球だけではなく活字を追う習慣があれば、あの頃、国語が得意科目になっていたかもしれません(笑)。典型的な理系人間だった私が、読書(フィクション)を趣味とするようになったのですから、人生もなかなかにミステリーですね。

私が助手だった10数年前、学生(大学院生)を帯同してアメリカに出張する機会がありました。機内で、読了したからと貸してくれたのが、東野圭吾の『レイクサイド』(2002年 実業之日本社刊 / 2006年 文春文庫)でした。読み始めてみると面白く、物語の世界に引き込まれました。それから東野作品はすべて読破するほどの愛読者に。とはいえ普段は読書に充てる時間がなかなか捻出できないので、移動中に読めるよう文庫本で揃えています。

物語の中段まで、複数の伏線が入り組んで敷かれていても、最後にはすべて回収される構築力が素晴らしいですね。明晰で透徹した文章も魅力です。東野圭吾自身も大学で電気工学を学び、自動車部品メーカーに勤めた経験がある“理系”のようなので、その点も親近感を抱いています。私たち研究者が自らの取り組みを表現する手段も文章(論文)です。もちろんこちらは「フーダニット(Who done it; 誰が犯行を行ったか)」ではなく「We did it.」ですね。

研究キーワード
風力発電、系統電圧安定化、可変インダクタ、インバータ・コンバータ、次世代移動体、永久磁石モータ、スイッチトリラクタンスモータ、磁気ギヤ・ギヤードモータ
Design by ARATA inc.
/ Text by 高橋 美千代
/ Photographs by 池上 勇人