技術社会システム専攻

石田 修一 教授Ishida Shuichi

バリュープロポジション講座 技術戦略分野

東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻修士課程修了後、ソニー株式会社に入社。退職後、日本学術振興会特別研究員、北海学園大学経営学部助教授、立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科教授を経て現職。この間、ケンブリッジ大学生産研究所テクノロジー・マネジメント研究センター客員研究員、および同大セント・エドモンズ・カレッジ客員フェロー。主にテクノロジーやイノベーションのマネジメントに関わる問題を経営システムの観点から研究している。

技術は、企業経営に何をもたらすのか、を科学する。

記事のあらまし

記事のあらまし

  • 修士課程修了後、大手電機メーカーでエンジニアの職を得るも、企画部門への転属を余儀なくされる。会社を去り、「技術と経営」を学ぶため、再び、大学の門をくぐる。そこでの出会いに導かれ、研究者の道へ。
  • ケンブリッジの研究所で、技術経営学の最前線に身を置く。自由で柔軟、多様な研究スタイルに触れ、大いに刺激を受ける。英語はツール。使いこなすことが目的ではなく、それを使って何を成し遂げるかが重要。
  • 働き方改革が技術経営にもたらす影響に関心。当該分野では定性的研究を科学的に実践していくため、慎重に綿密に、自己批判的に、各種の方法論を検討してきた。若き可能性とともに、研究の次なる地平を目指していきたい。

キャリアの仕切り直し。新しい選択が新たな出会いと研究の場をもたらす。

キャリアの仕切り直し。新しい選択が新たな出会いと研究の場をもたらす。

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“人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも一瞬遅からず、早からず”と説いたのは哲学者/教育者の森信三(1896-1992年)である。人に限らず、モノや出来事との出会いもまた、人生を新しい場所へと運ぶ水脈となるのだろう。石田修一教授も「素晴らしい人たちとの出会いによって、研究者としての道がひらかれた」と感謝の念を語る。しかし、若いエンジニア時代には、理想と現実とのはざまに揺れ、挫折感を抱えて郷里に帰った経験もある。石田教授の話は、不確実な時代を生きる私たちへの示唆にあふれている。

大学院を修了後、就職した会社ではリチウムイオン電池の開発に従事した。時は平成初期、バブル景気がはじけ、平成不況の暗雲が垂れ込めていた。世界にその名をとどろかす企業とて安泰ではいられず、様々な経営判断を下さなければならなかった。その一つが、研究開発部門の縮小だ。石田教授は企画部門(教育ビジネス事業室)に籍を移すこととなった。

「技術的に非常に優れた成果であっても、世界的な情勢、技術的トレンド、会社の戦略・方針などによって、必ずしも日の目を見るわけではありません。しかし、その頃は若かったこともありますが、自分が開発した技術が社会実装され、人びとの暮らしに役立つことを信じて、一途に頑張っていました。競争市場の中で、技術がどのように有用で価値があるのかといった視点から眺めることができなかったのですね」。そうした経験は、現在、研究者の卵や若いエンジニアの振る舞い・メンタリティを読み解くことにつながっている。

転属先の企画部門は、あるいは花形部署かもしれなかった。しかし、石田教授は会社を去る。向かった先は、故郷北海道だ。「実家が自動車修理工場を経営していましたので、後継者としての道もあったのですが…」。しかし、石田教授は経営学を修めるべく、再び、学修と研究の場に身を置いた。前職の体験から、ものづくりの技術を経営的な側面(組織・戦略・ネットワーク)からとらえることの必要性を痛感したからだ。技術×経営だ。そしてそこでの出会いにより、次のステージへと導かれることになる。

「師事した寺本義也先生は、ベストセラーとなった『失敗の本質』(中央公論社、1991年)の共著者として有名な方でしたが、ネットワークと経営研究の第一人者でもありました。当時の経営学は、指導者と学生との連携が緊密な分野として知られていましたが、寺本先生は学生の自主性に任せ、自由な試みを許容される方でした。おかげで興味のあることに思う存分、取り組むことができました」。おもしろいという感懐は、研究を大きく推進させる力となった。

石田 修一 教授

それでも世界に問う優れた成果を出している――ケンブリッジで見聞した多様で柔軟な研究スタイル。

それでも世界に問う優れた成果を出している――ケンブリッジで見聞した多様で柔軟な研究スタイル。

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理系の視点とマインドを根底に有しつつ、経営学の研究をしていくなかで、興味深い気づきや発見があった。「理系の研究の多くは、世界をフィールドに切磋琢磨し合って進められています。ですから海外ジャーナルや電子メディアに目を通し、常に世界的な動向に敏感であらねばなりませんでした。その点、日本の経営学領域は国内のコミュニティが重視されていて、少し内向きなのかなという印象を受けました」。研究の果実としての新しいデータや知見は、開かれた英知となり、人類・社会の発展に寄与する――そうした高い視座はイギリス在外研究によって、さらに裏打ちされることとなった。

「技術経営研究のメッカ、ケンブリッジ大学生産研究所(Institute for Manufacturing: 以下IfM)でビジティング・フェロー(visiting fellow)として研究滞在する機会を得ました。ケンブリッジはロンドンから62マイル(約100キロメートル)北に位置する学園都市ですが、超多忙な世界的企業のトップたちがこぞって訪れるような吸引力のある場所でした。最新の研究が、経営の現場にフィードバックされているのですね」。驚かされたのはそればかりではない。当地の研究スタイルは日本のそれとは大きく異なっていたのである。

「彼らは朝のスタートがとても早いのです。遅くとも7時には研究や業務を始めています。そして、午後2、3時ともなると一人二人…と研究室から消えていきます。もちろん夜遅くまで残っている研究者もいますが、多くは短い時間に集中してミッションに取り組んでいるようでした。ワーク・ライフ・バランスの取れた柔軟な研究スタイルから先駆的な研究成果を次々と発信して、世界に問うている。今、日本では盛んに“働き方改革”が唱えられていますが、大いに学ぶべき点がありますね」。

IfMでは敬意をもって厚遇され、恵まれた環境の中で自身の研究テーマに向き合ったという石田教授。「幸運でした」と繰り返すが、そこに至るまでには何年もコツコツと、英語のブラッシュアップに努めてきたという経緯もある。「大学では教鞭を執る立場でしたが、英語に関しては一生徒として長らく英会話学校に通っていました。実は原子核工学を専攻していた時、外国人の先生に指導を受けていました。当然、授業はすべて英語です。当時はアンラッキーと嘆いていましたが、今となってみれば、貴重な英語習得のチャンスをいただいたようなものでした」。今でも毎日、英語のニュースを聞き、語学力の研鑽におさおさ怠りない。努力と行動の人である。

石田 修一 教授

既成概念や固定観念から自由になる。新しい学術研究の世界を旅してほしい。

既成概念や固定観念から自由になる。新しい学術研究の世界を旅してほしい。

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近年、日本の生産年齢人口の減少が著しい。そこで国が打ち出したのが一億総活躍社会であり、それを実現するための政策の柱が「働き方改革」だ。個々人がそれぞれの事情やライフスタイルに合わせて、多様で柔軟な働き方を、自分で選択できるという施策は、大企業だけではなく中小企業にとっても重要な経営課題となった。石田教授はこの働き方改革が、技術的イノベーションにどのようなインパクトを及ぼすかについて大きな関心を寄せている。

「例えば労働時間のマネジメントによって、作業性や効率性がどう変わっていくのか、イノベーションの創出にどう影響していくのかをはかっていきたいと考えています」。実際の現場でインタビューと観察を繰り返すことで“はかって”いくのだという。「こうしたフィールドワークのような質的な側面に重きを置く手法を定性的研究といいます。対を成すものに量的な面に着目し、数値を用いた記述、分析を伴う定量的研究があります。原子核工学を専攻していた時は、定量的に説明ができるか、再現性があるか否かが重要であると学んできました」。定性的研究は真に科学的であるのか、と問われることも多いのだという。

石田教授は続ける。「定性的研究を“科学”にしていくために、私たちは前提条件や手段、手続きといった方法論を徹底的に検討しています。主観や恣意性を排し、学術的な客観性・中立性を担保するための試みを、非常に慎重に積み重ねているのです」。インタビューにも数種の技法が存在するという。なにげない会話が、研究の源泉となる。

グローバル時代、世界で戦わなければならない日本企業に必要なことは何だろう。石田教授は「巧みさ」を挙げる。もっと怜悧狡猾(れいりこうかつ)であっていい。時流に機敏に、交渉の場ではアグレッシブに事に当たってもいい。一方で、イノベーションをけん引する研究者やエンジニア、ものづくりを支える職人…そうした「匠」たちへのリスペクトを忘れないでほしい、とも。

実は冒頭の言葉には続きがある。“しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず”。希求する心がなければ、縁に結ばれないのだという。石田教授が心待ちにしているのは、若き可能性との出会いだ。「私が自由闊達な師の下で、新しいフィールドにチャレンジしてきたように、学生さんにも既成概念や固定観念にとらわれず、広く多様な学術研究の世界を探究してほしいと願っています」。物静かな語り口に情熱が宿る。技術経営学のエクスプローラーである。

My favorite things

『マーケット・シグナリング』
アンドリュー・マイケル・スペンス著
(1974年、ハーバード大学出版局)

『マーケット・シグナリング』

写真の書籍は、20数年前、学術専門誌(主に古本)を扱っている米国のショッピングサイトで購入しました。手元に届いてから中身を確認したところ、ハーバード大学出版局から著者であるマイケル・スペンスに宛てた手紙が入っており、私が手にしたのはどうやら初刷の著者献本のようでした。奇縁を感じましたね。スペンスは、情報の非対称性を伴う市場分析の功績(シグナリング理論)により2001年、ノーベル経済学賞を受賞しています。

研究の成果を世界に発信していくためには、英語で記述されなければなりませんが、過去の日本の優れた経営学研究の中には英文書籍・論文として編まれていない業績も多く、心から残念に思うことがあります。日本語が母語である限り、英語で思考することは難しいことなので、それはハンディとして受け止め、洗練されたテキストにしていくための専門家の支援を潔く受けるべきだと思っています。自身のリソースの分配を合理的に最適化していく経営的視点も、研究者に必要かもしれませんね。

研究キーワード
技術政策、経営システム
Design by ARATA inc.
/ Text by 高橋 美千代
/ Photographs by 池上 勇人